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名古屋地方裁判所 昭和63年(ワ)2798号 判決

原告

中部交通共済協同組合

被告

同和火災海上保険株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、金二〇九万円及びこれに対する昭和六三年九月二三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

一  原告の請求

主文同旨

二  当事者間に争いがない事実

1  本件事故の発生及び訴外福山よし子(以下「訴外福山」という。)の受傷

2  訴外増川正及び訴外大宝運輸株式会社(以下「訴外会社」という。)の責任

3  訴外福山から訴外会社らに対する損害賠償請求訴訟についての判決の存在

(一)  名古屋地方裁判所昭和六一年一二月一九日判決(以下「一審判決」という。)

(二)  名古屋高等裁判所昭和六二年一〇月八日判決(以下「二審判決」という。)

4  訴外会社は、被告との間で、本件事故当時、訴外増川正運転の車両について、自動車損害賠償責任保険契約を締結していた。

三  原告の請求の根拠

1  訴外会社は、二審判決に基づき、訴外福山に対し、自動車損害賠償保障法施行令二条の後遺障害(以下単に「後遺障害」という。)一二級相当の損害金二二〇万五八八八円(逸失利益一〇〇万五八八八円及び慰謝料一二〇万円)を支払つた。

2  原告は、訴外会社との共済契約に基づき、被告が訴外会社に対して支払うべき後遺障害一二級の保険金二〇九万円につき債権譲渡を受け、被告にその旨通知した。

四  争点

1  原告の主張

訴外福山は、本件事故により残存歯七、八本を失い総義歯となつたうえ、事故後咀嚼機能に制限が認められる状態にあつたから、入通院治療の後である昭和五六年八月ころ以降の同人の後遺障害は一二級にあたる。

2  被告の主張

訴外福山は、本件事故前から一四歯以上の歯科補綴(後遺障害一〇級)があつたから、残存歯七、八本を失つたとしても後遺障害等級は変わらない。

また、訴外福山は、昭和六〇年八月ころ以降総義歯の不自由はあまり感じなくなつたものであるし、咀嚼機能は老化によつても低下するから、後遺障害に該当しない。

よつて、自動車損害賠償責任保険金の支払義務はない。

五  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  争点についての判断

1  歯科補綴の加重障害について

訴外福山には、本件事故以前から一四歯以上の歯科補綴があり(当事者間に争いがない。)、これは後遺障害一〇級三号に該当するところ、本件事故により残存歯七、八本を失い総義歯となつたとしても、やはり後遺障害一〇級三号にしか該当しないので、自動車損害賠償責任保険の取扱としては後遺障害非該当となることはやむをえない(乙第一号証)。

2  咀嚼機能障害について

(一)  成立に争いのない甲第一六号証の三(昭和六〇年四月一七日付川口豊造作成の鑑定書)によれば、訴外福山の後遺障害の存否及び程度についての鑑定の結果、「上下総義歯装着、同義歯による炎症の発現に基づく咀嚼機能の後遺障害が存在し、後遺障害一〇級に該当する。」との判断が示されていることが認められる。

また、成立に争いのない甲第一号証によれば、一審判決は、右鑑定の結果を前提にしつつ、訴外福山は昭和六〇年八月愛知学院大学歯科部において総義歯を作り直し、それ以降歯茎の炎症は疲れた時には出てくるものの以前より良くなつたこと、咀嚼機能は単純に歯科的諸条件により営まれるものではなく、老化によつても機能が低下することを挙げ、逸失利益の算定にあたつては、喪失率を一五パーセントとしていることが認められる。

さらに、成立に争いのない甲第二号証によれば、二審判決は、一審判決の判断を是認しつつ、総義歯も次第に歯茎になじみ、昭和六〇年八月頃以降はあまり不自由を感じなくなつたことを挙げ、訴外福山は、一二級程度の後遺障害を受け、四年間にわたり一四パーセントの得べかりし収入を喪失したものと認定していることが認められる。

(二)  そこで検討するに、咀嚼機能障害が後遺障害一〇級二号に該当するとしても、逸失利益の算定にあたつては一〇級に対応する喪失率二七パーセントをそのまま採用できるか否かは、障害の内容、性質上問題のあるところであり、総義歯による不自由さの軽減の事実や、老化による機能低下の可能性を斟酌して、一審判決が後遺障害一〇級との鑑定の結果を前提にしつつ、特に等級を明示せず喪失率を一五パーセントとし、また、二審判決が一審判決の判断を是認しつつ、一二級程度の後遺障害と判示したことは、以下のとおりいずれも相当であると考える。

なるほど、咀嚼機能障害に関する定めは、後遺障害一〇級二号があるだけで、一二級には存在しないから、二審判決が「一二級程度の後遺障害」と判示したからといつて、直ちに一二級の保険金の支払義務が生ずるものではないとの考えにも一理あるようにもみえる。

しかしながら、訴外福山の咀嚼機能障害については後遺障害一〇級に該当するとの鑑定の結果があり、これを前提としつつ個別事情を斟酌して、一、二審判決が喪失率を一四ないし一五パーセントとし、これに見合うものとして二審判決が一二級程度としたものと解するのが合理的である。したがつて、むしろ自動車損害賠償責任保険の後遺障害としては一〇級二号に該当するものと評価するのが相当である。

なお、前記のとおり、二審判決は、訴外福山の症状について、「総義歯も次第に歯茎になじみ、昭和六〇年八月頃以降はあまり不自由は感じなくなつた」としているが、訴外福山は、法廷での供述の中で、歯茎の炎症が無いときは普通に話すことができる旨述べているにすぎないし(甲第一八号証)、むしろ、同時頃以降総義歯に慣れてはきたが、咀嚼能力は良くならない旨述べているのであるから(甲第一九号証)、右二審判決の表現は、咀嚼機能障害に関しては正確とはいえない。

よつて、後遺障害一〇級の保険金(四〇三万円)の範囲内で一二級相当の二〇九万円の支払を求めることは理由がある(もつとも、二審判決により、一二級程度という判断が確定しているので、二〇九万円を超えて請求することはできない。)。

二  事実摘示三(原告の請求の根拠)の事実は、成立に争いのない甲第三号証、四号証、六号証及び弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。

三  以上の認定及び当事者間に争いがない事実(事実摘示二1、2、4)によれば、原告が被告に対し、右金二〇九万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六三年九月二三日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は、理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 芝田俊文)

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